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ルイヴィトンネヴァーフルpm口コミ編集

 「どしたべか」と、飲んだくれのサケムが母親リイミに向かって声をかけた。リイミは何も答えなかったが、サケムにはうすうす見当がついていた。トレペの伜シテパの方は、砂原の向こう端で陸揚げしたばかりの秋味を運搬船に積み込んでいる。  「帳場さん」と、リイミが風呂敷のかぶりを取り、腰を深々と曲げて頭を下げた。  「お父(とう)は病気だし、娘は釧路へ働きに行ったきり鉄砲玉だし、もう家には米も粟も一粒もねえだよ」  「おらんとこも病人が出てな、にっちもさっちも動けねえありさまなんだ」トレペはせっぱつまった泣き声で、穀物を少しでも都合して欲しいと言った。  帳場の葛山甚蔵は二人の名前を確かめ、しばらく手帳を睨んでいたが、  「おめえらの息子たちはな、酒ば食らって休んでばかりだもの、取りめえ(支払い金)はねえな」と言った。  リイミたちは入墨の入った口をあんぐり開けて聞いている。しかし、眼窩(がんか)の奥の黒い瞳は光り輝いて、ただならぬ決意を現わしていた。  「伜は食べるだけ働けねえとな」リイミは改った声で言った。  「ま、そういうこった」と葛山甚蔵は答え、漁場の規則に照らせばもうとっくに解雇(くび)になって当然なんだ、と言った。  「サケム、仕度ばせえ」一日いれば、それだけ赤字が増えるなら帰るよりしょうもねえ、と言って悲鳴のような声を張り上げた。サケムはあまり急なことだったので、どうしてよいか分らず、厚司の懐に両手を入れてつっ立っていた。ちょうど、網をたき(すぐ投網できるように順序よく並べる)終え、川下から遡ってきた船頭の中山郡平が聞き耳をたてて仲に入った。  「おらが責任とるによ、今回だけは待ってけれ」と帳場に頼んだ。人手不足でもあり、寒さに強いアイヌはこのさき大事な働き手なのだ。そこを計算に入れての仲裁だった。  「どれだけ欲しい」と、中山郡平は笑顔で言った。リイミは人差指を一本差し出した。白米一斗なのだ。それに「味噌と醤油」をつけ足した。しかし、彼は笑顔を崩さずに承諾した。  「恩にきるべな」リイミとトレペは砂原に頭をこすりつけて拝んだ。  彼女たちが帰るとき、オコシップたちは「ほら、あの黒い雲の裂け目を龍が昇る昇る」と叫び、帳場の眼をそっちに向けておいて、秋味を十尾ほど丸木舟の中へ投げ入れた。トレペはそれを急いで筵(むしろ)の下に隠した。彼女たちは何度も櫂を振り上げて帰って行った。  彼女たちが帰ったあと、若い衆たちは秋晴れの下で、油糞をたれ、酒の勢いをかりて、酷い労働に立ち向かっていた。  「走って歩け」と、大村豊次郎はどんと土を踏んで若い衆をどやしつけた。オコシップは艫(とも)で舵をとる郡平もまごつくほど早く網を投げていた。  ちょうど網をかき回して岸に着いたときだった。番屋のすぐ下の川縁に立ったヌイタが、  「トイラルが金毛の大熊に襲われた」と腰を二つに折り、喉笛が破れたみたいな声で助けを求めた。
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